長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科
展開医療科学講座 口腔腫瘍治療学分野
Department of Clinical Oral Oncology, Unit of Translational Medicibe,
Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences
長崎大学病院 口腔外科
Department of Oral Surgery, Nagasaki University Hospital
患者さまへ 診療内容について
口腔癌
●口腔癌とは
口腔がんとは口の中や顎にできる悪性腫瘍のことで、口腔外科で取り扱う範囲は舌がん、歯肉がん、頬粘膜がん、口底(口腔底)がん、口唇がん、口蓋がん、顎骨(顎関節を含む)がん、耳下腺を除く唾液腺がんなどです。耳下腺がん、鼻・副鼻腔がん、咽頭がん、舌根がんなどは耳鼻咽喉科で治療を行います。
口腔がんは日本人の全悪性腫瘍のうち約2%を占めています。口腔癌の中で最も多くみられるのは舌がんで、次いで歯肉がん、頬粘膜がん、口底がんと続きます。口腔がんの組織型は90%以上が扁平上皮がんで、腺がんや悪性黒色腫、肉腫なども発生することがあります。扁平上皮がんは増殖速度が速く所属リンパ節転移の頻度も高いのですが、早期の段階で治療を行えば肺や肝臓など全身の臓器に転移をすることは比較的まれで、早期発見・早期治療が重要です。
口腔がんの好発年齢は50~60歳台ですが、舌がんは比較的若年者に、歯肉がんや頬粘膜がんは高齢者にしばしば発生します。口腔がんの原因は明らかではありませんが、喫煙や飲酒、ある種のウイルス感染、虫歯や不適合義歯による口腔粘膜刺激などが考えられています。また、喫煙者で口腔がんになった人は、食道がんや咽頭がんになる頻度が特に高いことが知られています。
●口腔癌の症状
がんの部分に腫れや潰瘍、出血を生じたり、表面が白くなったり赤くなったりしますが、初期にはほとんど症状がなかったり、口内炎や歯周病などと区別がつかないこともしばしばあります(図1)。2週間たっても口内炎が治らない時や、歯肉の腫れが続く時、粘膜が白くみえたりできもののようなものをみつけた時などは、かかりつけの医師や歯科医師に相談するか、口腔外科を受診してください。
図1 白板症から発生した早期舌癌
●口腔癌の治療法
口腔がんの標準治療は早期~中等度進展がんでは手術単独療法、高度進展がんでは手術+術後化学放射線療法です。早期がんの手術は口腔外科単独で行いますが、進展がんでは形成外科、耳鼻咽喉科、放射線科、腫瘍内科などと連携をとりながら治療を行います。当院では口腔腫瘍治療学と顎・口腔再生外科学とが合同で口腔癌の治療にあたっています。治療の具体例を示します。
Ⅰ.舌癌
早期がんでは以前は小線源組織内照射という一種の放射線治療が広く行われてきましたが、照射後に局所再発やリンパ節転移を生じ制御困難になることもあり、現在では小線源治療を行っている施設はほとんどありません。当科ではヨード生体染色を併用した舌部分切除法を行っています。これは、胃カメラでよく用いられる2%ルゴール液を濃くした10%ルゴール液という染色液を特別に作製、舌に塗布すると、がん周囲の前がん病変(数年以内にがんが発生しやすい病変)が明瞭に識別できることを利用したもので、がんと同時に前がん病変も切除することにより、局所再発を防ぐ方法です。最近この方法により切除を行った早期舌がん100例では、局所再発率0%、5年生存率94%という良好な結果が得られています。切除面が小さければそのまま縫合しますが、中程度の場合はポリグルコール酸シートとフィブリン糊という生体材料で創部を被い、粘膜の再生を促します(図2)。
図2-1 早期舌癌
図2-2 ルゴール染色を行うと、がんと前がん 病変の識別ができる
図2-3 前がん病変も含めて広く切除
図2-4 切除面にポリグリコール酸シートとフィブリン乗りを貼付
図2-5 手術3か月後
進展がんでは所属リンパ節転移を伴うことから、頸部郭清術+舌切除(部分切除、半側切除、亜全摘など)+即時再建術が行われます。頸部郭清術とは所属リンパ節を周囲組織と一塊として切除する手術で、当院では内頸静脈および副神経を温存する術式を基本としており、これにより術後のむくみや肩の機能障害が予防できます。再建術は形成外科が担当し、前腕部、大腿部、腹部などから血管付きの組織を採取、頸部の血管と吻合し移植を行います(図3)。
また、舌の半分以上を切除する場合は、耳鼻咽喉科や言語聴覚士などの協力を得て、嚥下改善手術や摂食嚥下訓練を行い、機能障害を防ぐようにしています。進展舌がんでも適切な手術を行うことにより、大部分のケースで良好な予後と社会復帰が可能となりました。
図3-1 舌半側切除+前腕皮弁移植
図3-2 手術後6か月後
Ⅱ.下顎歯肉癌
下顎歯肉癌は早期から下顎骨に浸潤するため、ほとんどのケースで下顎骨の切除を伴います。下顎骨を広範囲に切除した場合、術後の審美障害や咀嚼障害を防ぐために下顎骨の再建が必要です。骨再建の方法は、チタン製の人工骨を移植する方法、腸骨などの骨を採取して移植する方法、腸骨骨髄(PCBM)を採取して骨再生をはかる方法、血管柄付きの骨(腓骨、腸骨、肩甲骨など)を採取し頸部の血管と吻合して移植する方法などさまざまな方法がありますが、当科では形成外科の協力を得て、できるだけ自然な形態の骨を再建し、再建後に義歯やインプラント義歯を作製して手術前の咀嚼力を回復するようにしています(図4)。
図4-1 術前口腔内(下顎歯肉癌)
図4-2 術後パノラマレントゲン写真
下顎歯肉がんは口腔がんの中でも予後は良好であり、適切な手術を施行すれば機能障害も最小限に抑えることができます。
Ⅲ.上顎歯肉癌
上顎歯肉がんも早期から上顎骨に浸潤するため、上顎骨の切除を伴うのが一般的です。上顎骨を切除すると口腔と鼻・副鼻腔とが交通してしまうため、義顎という特殊な義歯(図5)や、あるいは血管柄付き筋皮弁で閉鎖を行います。また、上顎歯肉がんは臼歯部(奥歯の近く)に発生することが多く、進展すると咀嚼筋隙という部位に浸潤し根本治療が困難になります。われわれは咀嚼筋隙を含めて切除する手術方法を国内外で初めて報告しており、後方進展型の進展がんでも良好な治療成績を得ています。上顎がんの手術では以前は顔面の変形や開口障害という後遺症がみられましたが、現在では適切な切除方法、再建方法を選択することにより、審美的にも機能的にも良好な結果が得られるようになりました。
図5 手術後
口腔と鼻腔・上顎洞とが交通
顎義歯
口腔内に装着
Ⅳ.悪性黒色腫
口腔内にも悪性黒色腫(一般にほくろのがんと言われているもの)がしばしば発生します。悪性黒色腫は遠隔転移の頻度が高く、予後は非常に不良とされており、現在でも5年生存率は30%以下と報告している施設が大多数です。われわれは口腔悪性黒色腫に対して、1)手術前に生検などの侵襲的検査を行わない、2)機能を温存した手術、3)手術当日より免疫化学療法を行う、という方針で一貫して治療を行っており、5年生存率も70%以上の結果を得ており、国内外で良好な治療成績を報告してきました。(図6)
図6 口蓋悪性黒色腫
術後3か月
Ⅴ.術前化学放射線療法
口腔癌の標準治療は手術です。進展がんで手術前に化学療法や放射線療法(術前治療といいます)を行い腫瘍を縮小させてから手術をするという方法が試みられた時期もありますが、術前治療を行っても治療成績は上がらないどころか、かえって生存率が低下するという報告もあり、現在では特別な場合を除き術前治療は行われないのが一般的です。
Ⅵ.術後化学放射線療法
手術後の病理検査で、局所腫瘍の残存、多発性(特に4個以上)のリンパ節転移、節外浸潤(リンパ節転移がリンパ節被膜の外にまで浸潤)などの所見がみられた場合、術後できるだけ早期に化学療法と放射線療法を同時に行うと、再発をある程度予防できる可能性があることが最近報告されています。当科でもこれらハイリスク群に対して術後化学放射線療法を行うことを原則としています。
Ⅶ.動注化学放射線療法
抗がん剤の動脈注射(超選択的動注化学療法)と放射線療法を併用することにより、局所の腫瘍の縮小または消失が期待できることから、何らかの理由で手術ができない患者さんに対しては本療法を適用しています。ただしリンパ節転移を伴う場合には根本的な効果はあまり期待できず、副作用も強いため、高齢の患者さんや全身疾患のある患者さんには実施できないことがあります。